東京高等裁判所 昭和49年(ラ)129号 決定 1976年3月15日
抗告人
株式会社国民相互銀行
右代表者
松田文蔵
右代理人
山田至
主文
原決定を取消す。
本件を東京地方裁判所に差戻す。
理由
本件抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりである。
本件各記録に徴すると左の各事実を認めることができる。
一東京地方裁判所(原審)は、(一)債権者田代美代の申請に基づき昭和四七年五月二日、同人の債務者山中工芸株式会社に対する貸金元利金残債権金一、一三八万一、八〇八円の弁済にあてるため、同会社が第三債務者国(代表者東京法務局供託官坂田暁彦)に対して有する金二三〇万円の供託金取戻請求権(本件抗告人より山中工芸株式会社に対する東京地方裁判所昭和四三年(ケ)第八三九号不動産任意競売事件の競売手続を停止するために同会社が昭和四七年三月三〇日東京簡易裁判所昭和四七年(サ調)第五九号競売手続停止事件の保証として東京法務局に供託した昭和四六年度派金第三六六九号金二三〇万円の供託金取戻請求権)を差押える旨の債権差押命令を発し、該決定正本はその頃関係者に送達され、次いで、(二)右差押債権者の申請に基づき昭和四八年二月一三日、債権取立命令を発し、該決定正本はその頃関係者に送達された。
二その後昭和四八年一二月一三日東京法務局供託官坂田暁彦から原審裁判所に対し「右供託金取戻請求権について右(一)および(二)の各命令のほか更に東京地方裁判所から(三)昭和四八年七月一二日文屋吉之助を債権者とする債権差押命令の送達を受け、(四)同年一〇月一七日右差押債権者の申請にかかる債権転付命令の送達を受けた。このように債権差押命令が競合したところ、債権者文屋吉之助から事情届出されたい旨請求があつたので、民事訴訟法第六二一条の規定により、そのまま供託を持続し、事情届出いたします。」との趣旨の記載ある事情届出書が提出された。
三そこで原審裁判所は直ちに配当手続を開始し(昭和四八年(リ)第三二三号)、配当期日を昭和四九年一月三〇日午前一〇時と指定したが、右同日に至り職権で右配当期日を変更した。
四そして、前記取立命令を得た債権者田代美代から東京簡易裁判所に対し昭和四九年二月五日前示供託金二三〇万円について担保取消の申立がなされ、同裁判所は担保権利者たる本件抗告人に対し同年同月一二日権利行使の催告をしたうえ、同年三月四日担保取消決定をなし、該決定は同月一五日確定したので、田代美代において同裁判所より供託書を受領しこれを原審裁判所に提出した。
五この間、抗告人は同年三月二日債務者(山中工芸株式会社)に対する遅延損害金八三一万六、〇〇〇円の債権をもつて公正証書の執行力ある正本による配当要求として本件配当要求の申立をしたところ、原審裁判所は同月四日「本件配当要求は、第三債務者(国)がその債務の供託を持続し当裁判所に差押が競合した旨の事情届をなした(昭和四八年一二月一三日)後である昭和四九年三月二日になされたものであるから、時期に遅れた不適法のものである。」との理由で、これを却下するとの決定(原決定)をした。
六前記担保取消決定の確定にともない、原審裁判所は三月一六日、配当期日を同年四月一〇日午前一〇時と指定し、右期日において、債権者両名(田代美代・文屋吉之助)提出の計算書に基づく配当表を確定したうえ、これを実施した。
以上のように認めることができる。
金銭債権に対し差押命令が競合し又は配当要求があつた場合に、第三債務者が配当にあづかるすべての債権者のために債務額を供託して執行裁判所にその旨の事情届をした後は配当要求をすることは許されないものと解される(最判昭和三八年六月四日、民集一七巻五号二一頁)。
しかし右解釈が正当とされるゆえんは第三債務者が右供託をすれば一般に被差押債権の換価手続が終了し配当すべき金銭が判明して配当手続に移ることになるからであつて、担保(保証)供託における供託金取戻請求権が被差押債権である場合においては、供託金の取戻しを請求し得る要件の充足を待つて(すなわち供託が錯誤により無効であること又は供託原因が消滅したことを証明する書面ならびに供託書正本など供託規則所定の必要書類を添附した取戻請求がなされるのを待つて)第三債務者たる国(供託官)がそのまま供託を持続しその事情を執行裁判所に届け出たときに被差押債権の換価手続が終了し配当すべき金銭が判明し配当手続に移ることになるのであるから、供託金の取戻しを請求し得る右のような要件が充足されないのに第三債務者国(供託官)から執行裁判所に事情届がなされたとしても、事情届があつた故に以後の配当要求は許されないものと速断すべきではなく、このように事情届のみが先行した場合においては、後日執行裁判所に前示必要書類が追完提出されるまでは配当要求をすることが許されるものと解すべきである。
しかるに、担保(保証)供託における供託金取戻請求権が被差押債権である本件において、第三債務者国(供託官)は、前示のとおり供託金の取戻しを請求し得る要件が未だ充足されないのに、債権者の一人から請求があつたとして直ちに事情届をしたものであり、抗告人が本件配当要求の申立をした時点においては未だ担保取消決定正本など前示必要書類の追完提出がなかつたのであるから、本件配当要求の申立は適法なものと解すべきであるにもかかわらず、原審裁判所は、第三債務者の事情届があつた故に以後の配当要求はすべて許されないものと速断して本件配当要求の申立を却下したのであつて、原決定は失当というべきである。
よつて本件抗告は理由があるから、原決定を取消し本件を原審裁判所に差戻すことを相当と認め、主文のとおり決定する。
(江尻美雄一 滝田薫 桜井敏雄)
〔抗告の趣旨〕
一、原決定を取消す。
二、東京地方裁判所は抗告人のなした配当要求の申立(同庁昭和四九年((日記))第七六五号)に基き配当をせよ。
との裁判を求める。
〔抗告の理由〕
一、原決定は抗告人の配当要求却下の理由として同配当要求は頭書債権差押命令事件における第三債務者(国)がその債務の供託を持続し執行裁判所に差押えが競合した旨の事情届をなした(昭和四八年一二月一三日)後である昭和四九年三月二日になされたものであるから時期に遅れた不適法のものであるとする。
二、(1) しかしながら右事情届は以下に述べる理由により無効のものと解されるので、結局抗告人の配当要求は有効な事情届が未だなされていない時期になされた適法の配当要求である。従つて、これを違法として却下した原決定は違法であり取消さるべきである。
(2) 本件の差押債権は、債権者が抗告人を申立人とする東京地方裁判所昭和四三年(ケ)第八三九号不動産競売事件の競売手続の停止を申し立てるため債務弁済協定の調停を申し立て(東京簡易裁判所昭和四七年(ノ)第一〇五号)右競売手続停止の保証金として、第三債務者国に供託した供託金取戻請求権である。従つて右差押債権は抗告人の担保目的になつており、第三債務者は東京簡易裁判所の担保取消決定がなされなければ供託金の払戻等の処分ができないと解すべきである。けだし担保取消決定がなくとも第三債務者が供託金の払戻等の処分ができるとすれば、被供託者は自己の関知せざる事由により担保権を喪失することになり保証の制度が全く意味がなくなるからである。
(3) そうであれば、第三債務者は差押債権につき差押が競合したとしても、担保取消決定があるまでは民事訴訟法第六二一条所定の供託はできないはずであり、いまだ担保取消決定のない時期になされた第三債務者の本件供託は無効である。
(4) 仮りに第三債務者が担保取消決定がなくとも同法第六二一条の供託ができるとしても、同条は第三債務者が供託してその事情を裁判所に届け出るものとしており、本件のような「第三債務者がその債務の供託を持続し」云々の場合(原決定の理由)はなお担保目的の供託を維持しているのであり同条による新たな供託がなされたとは言えない。
(5) 以上により第三債務者の事情届は適法有効な供託がないにもかかわらずなされたものであつて事情届も無効であり、従つて抗告人の配当要求は認められるべきであつて、これを違法とした原決定は取消されるべきである。
三、仮りに第三債務者の事情届が適法有効であるとしても、配当要求の時期を供託事情届迄とする理由は右届出により差押財産の換価手続が終了し配当すべき金銭が判明したことになるからであつて、本件のように差押債権が供託金取戻請求権であつて未だ担保取消決定がなされていない間は担保権が行使されるか否か未定であつて未だ配当すべき金銭が判明したと言える段階に至つていない。従つて、このように担保取消決定がなされる以前になされた抗告人の配当要求は換価手続が終了し配当すべき金銭が判明する以前のものであり適法と解すべきである。
それ故右配当要求を違法として却下した原決定は取消されるべきである。